人生

公開:2015-03-12 00:10 ( 更新:2015-03-12 00:21 )

投稿者:風の旅人

 

一万円ノート


僕には一万円のノートというものがある。

とても大切なノートで別に持ち運ぶ必要はないのだがいつも鞄にいれている。時々ふとノートを開いて眺めてあのころの思いを蘇らせる。

一万円のノートのアイディアは20代の頃ボストン空港であるビジネスノートを拾ったときの経験から来ている。そのビジネスノートにはいろいろとビジネスのアイデアやスケジュール等が書いてあった。面白かったのは見開きの裏表紙に実際の英語は忘れたがこう書かれてあったことだ。

「このノートを拾ったら下の電話番号に連絡してください。謝礼として100USD差し上げます」

発着まであと1時間ほどなかった僕は空港の関係者にノートを預けてそのまま立ち去った。


僕の貴重なノートにも最後のページにこう書いてある。
「このノートを見つけてくれてありがとうございます。下の電話番号にご一報いただければこのノートを取りに行かせていただきます。わずかではありますがお礼をさせていただきます」
そしてその下に家電と何度も書き直された携帯番号が書かれ隣に一万円のシールが貼ってある。


事件は、前の日記「柳の葉に恋をして・・・」で書いたイスラエル出張のほぼ三カ月あとに起きた。そのころの僕はとてつもなく忙しく仕事をしていた。女性に対してある意味失望し、女性としてよりはパートナーとして結婚相手を選んだ僕はとにかく仕事一筋だった。唯一子供だけは別で仕事の手が空いたときはできるだけ時間を使った(と思う)。

その日も酷い一日だった。前日夜8時にオフィスを出、12時まで接待。一度オフィスに戻り3時まで資料作り。そのまま朝まで海外と電話会議をし、昼まで普通に仕事。
夕方からある業界の関係者との打ち合わせのため、シャワーを浴び着替えるために家にいったん戻ることにした。シャワーを浴び軽く食事をした後まだ時間があると仮眠をすることにした。

とてつもない圧迫感と息苦しさに目が覚めた。まともに息ができない。まずい、と思い布団から出ようとしたそのとき全身が特に左半身がしびれてまともに動かないことに気づいた。とにかく電話をしようと這いながら布団から出ようとするがあまりの気持ち悪さにそのまま気を失いそうになった。

幸運が2つあった。一つはそのとき小学生1年生の息子が帰ってきたことだった。僕の異常に気付いた息子は僕の電話をかけたい意思を見て取ったのかすぐに子機をとってくれた。第2の幸運は舌がもつれながらなんとか住所が言えたことだった。

何とか救急車を呼ぶことができた僕はそのまま意識もうろうとして布団のわきに横たわっていた。息子はなすすべもなく立ちすくんでいたような気がする。どのくらい時間がたったか分からないが外が騒がしくなった。息子がすぐ外に出て救急隊らしき何人かを連れてきたのだろう。記憶は定かではないがどうにかこうにか救急車の中に運ばされた。あいかわらず息がまともにできず、体はしびれ、何とも言えない気持ち悪さが胸に込みあげていた。そのまま意識を失いかけていたところに、救急隊員同志(あるいは救命医)のささやくような声が聞こえた。

「おい、血圧200超えてるよ」

その瞬間どうしようも無い悲しみが込み上げてきた。最後に息子に見せた姿がこれか。自分は死ぬんだと思った。薄れゆく記憶の中でなぜかこう思った。

「神様、一回だけ戻してください。子供とキャッチボールがしたい。」


目が覚めた時は何が起こったか思い出せなかった。どれくらいぼーっとしていたかは分からないが、担当医が来て原因がよく分かない旨を言った。年からして脳出血を疑ったそうだがそうではなかったらしい。もしかしたら若年性の脳梗塞かもしれないとのことだった。とにかく紙一重であったこと、しばらくは安静にしていることなどを淡々と説明された。

そのあとCTやらPETで脳の血管の構造を調べたりしたのだが、結局根本的な原因はわからなかった。ちなみにこの一連の検査で分かったのだが、僕の後頭部には1.5㎝程の金属片が入っているらしい 笑。CTにははっきり写っているし、MRTではおそろしい警告音が発し検査が中断された。

それから2か月間は大変だった。突然くるあの圧迫感に何度も苦しめられた。足の裏に大量の汗をかいたのはよく覚えている。ちょっとでも動くと息ができなくなりそうで、一旦発作がおきると何もせずにじっとしているしかなかった。家族には本当に感謝している。医者からは問題ないことは聞いていただろう。僕のこういう姿を見てもまったく普段通りの生活を続けていてくれた。

3か月目嘘のように発作は消えた。真っ先に僕は野球のクラブを買って子供とキャッチボールをした。心から神様に感謝した。

僕がそのノートを見つけたのはそれからさらに二週間ぐらい経ってからだった。人間とはしょうもないもので喉元過ぎれば熱さ忘れる。もうあの事件はなかったように仕事に復帰し、神様への感謝も忘れかけていた。日常に埋もれかけていた。

だがしかしそのノートはそんな僕に活を入れてくれた。ノートの1ページ目には目いっぱい大きく震えた字でこう書かれていた。

「息子(実際には名前)とキャッチボールをする」

僕に中で何かがはじけた。すぐに1ページ目のその文に横棒を引いて、2ページ目に今度は小さくちゃんと升目に収まるようにこう書いた。

「娘(実際には名前)と蛍の放流に行く」

それからとめどもなくこれから自分がやりたいこと連ねていった。昔住んでいた場所にもう一度行くことや、お世話なった人にお礼をいうことや、約束をしてそのままにしていることと果たすことや、小さないつでもできることだが、それだけにほおっておいたこと、そんなことが次から次へと湧いてきた。


一ヶ月後、これまでのすべてのビジネスを人に委ね、僕はその業界を去った。人間関係も一掃した。ノートには50近く死ぬ前にやりたいことが書かれていた。

新たな業界で新たな人間関係をゆっくりと築きながら一つずつノートに横線を加わえてきた。人間とは欲張りなものだ。いまでは死ぬ前にやりたいことは100を超えている。同時にそのうち80強はやり終えている。一度ノートを出張先のホテルに忘れてしまった。戻ってくるだろうと思っていたが軽くパニックになった。もう僕にとってはある意味人生のパートナーだ。ノートが戻ってすぐに最後のページに冒頭の文章を書き込んだ。

もし僕があのとき死んでいたら今このノートに書かれそして横線で消されてことは経験できなかった。そう考えると生きていることの幸せをしみじみと感じる。

ちなみに息子はあのとき大量にウンコをもらしたらしい。その息子は大学院の数学科を出て去年立派に就職してくれた。娘もいろいろあったが素直に育ってくれた。
次に横線を引くのは「娘の大学の卒業式に出る」だろう。そのためにはあと2週間生きていなければ 笑

それにしても今でも分からない。僕はいつ最初の1ページのあの願いを書いたのだろう。どうしても思い出せない。

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▼ コメント(15) - 新しい順

  • >No.133555への返信

    もじじさん、

    >>「おい、血圧200超えてるよ」
    >これは正常なんですよ。

    担当医の方もそんなこと言ってました。それよりはるかに半身のしびれの方が気がかりだって・・・

    >風旅さんとしては血圧200越えと聞いて
    >「その瞬間どうしようも無い悲しみが込み上げてきた」
    >かもしれないですけど、だからこそ後遺症らしい後遺症もなかっ>たと言えるんです

    こういう感情を持てるということ自体脳が正常に働いていたということなのでしょう。

    金属片(というか細い針金みたいなもののようでした)の件ですが、医者はとりましょうとかそういうこと言わないんですよね。なんでだろう。
  • >No.133472への返信

    あいももさん、

    僕も子供が生まれてから人生観変わりましたね。ずっと成長見ていたい、でもたぶん見れないかもな、なんて。なぜか僕は子供が成人する姿を見れないんじゃないか、って思いがあったんですよね。
    なんでか分からないけど。

    だからあのときもどっかに「ああやっぱりか」みたいな気持ちもどっかにあったんです。
    ところが「キャッチボールがしたい」なんて具体的な絵が見えた途端物凄い執着が生まれた。面白いもんです。

    どっかに人との関わりを観念で考えるようになっていたのかもしれない。それがそうじゃなくてやはり生身の人間の肉体としての関わりが生きるモチベーションになるんだと実感したしだいです。

    男でもこうなんだから女性はもっともっとその思いは強いんでしょうね。
  • >No.133426への返信

    Vitzさん、

    >>アイディアと構築モデルと書き留めて置きたいweb記事の手書きの集積

    普通はそうでしょうね。僕もこのノートだけは特別です。
    持ち歩いているのはそばに置いてだけではなく、人に見られたくないからだったりします。

    >>今しあわせです☆

    シンプルですが響く言葉です。僕の周りには成功している人間が結構いるのですが、幸せです、ときっぱり言える人間はそうそういません。

    僕ですか?
    とても幸せです 笑
  • まことさん、

    >>これからもたくさんの横線が増えるとよいですね。

    そうですね。一時期もうやりたいことがなくなったらどうしようなどとも考えていたんですが、当分その心配はなさそうです。

    おみくじのアイデアは面白いですね。来年から試してみようかな。
  • ミコリーさん、

    >>死に掛けの時にこれが思い浮かぶとは・・・・素晴らしいパパです。

    ありがとうございます。でももしかしたら仮眠の前に焼き肉のCM見てたら「もう一回焼き肉食べた~い」だったかも w

    ついつい仕事にのめりこむ性質なのでたまーにメンテナンスがてらノート眺めるんだけど、自分は本当は何に興味があって何に影響を受けているのか、そんなことも分かって面白いです。

    >>無理のきかないお年頃ですから~

    そうだよね~~ でも意識は20歳のころから全然変わってないんだよなぁ。階段で息が切れたり、肩が思うように上がらなかったりしても「あれっ、おかしいぞ」なんて。

    おかしくない、もう年なんだ、ってちっとも思わなかったり 笑
  • Love Againさん、

    身近な大切な人の幸せ・・・そうですね。
    僕の場合昔自分が育った場所にもう一回行きたい、ってのがありました。

    うちの父親は旧国鉄だったので転勤が多くて、住んでた場所ってのがやたら多いんですよね。大変でした。数年後通っていた小学校が統廃合したりと、ああそうなる前に行っといてよかった、なんてのがありました。

    結構時の流れを実感しますね。そのころの穢れのないw自分を思い出したり、当時の夢や希望を思い出したり。結構インパクトがあったことを思い出しました。
  • >No.133539への返信

    そうですか。アブタクトなら外科手術が不可能な場所に埋め込まれるそうです。それと上顎の奥に2つ並んで穴があいています。徐々に消えますケド。金属片が突然消失する事もあります。
    記憶は完全に消されるか、鮮明に残るかのどちらかです。この辺りはアブタクトが多いので。本題からずれた話題で失礼しました。
    No.133562m_style 更新:2015-03-12 23:43

  • こんにちはー

    ちょっと本題とずれるんですけど

    >「おい、血圧200超えてるよ」

    これは正常なんですよ。

    脳が虚血状態になると、心臓がめちゃくちゃ頑張るんです。全身状態がどうであろうと心筋にどれだけ負担がかかろうと、脳に血を送ることを最優先にするんです。詰まった血管を通そうとするわけです。どんなときでも脳が最優先です。ヒトのからだってよくできてますよ〜

    そのことが常識になる前は、救急治療の段階で血圧を下げようとしたりした時代もあったんですけど。

    でも今は救急隊員でもそのことは知ってますし、搬送後、少なくとも集中治療室にいるあいだは血圧は下げません。180くらいで高止まりで維持します。下がると脳がまた虚血するので、慎重に少しずつ下げていきます。心臓に持病がある人だと悩ましいんですけどね。

    というわけなので
    風旅さんとしては血圧200越えと聞いて
    「その瞬間どうしようも無い悲しみが込み上げてきた」
    かもしれないですけど、だからこそ後遺症らしい後遺症もなかったと言えるんです。

    金属片は今のうちに除去しましょうよ。
    歳とったらMRIに入ること絶対ありますから!
    今のうちとっときましょ。
    No.133555もじじ 更新:2015-03-12 22:30

  • m_styleさん、

    僕の小さいころの記憶に暗い穴のなかで上を見上げている、というものあるんです。で、誰か二人が上から穴を覗いているんです。真面目になんか小さい頃あったんじゃないか、って思ってましたよ。それこそ宇宙人にさらわれて何か埋め込まれたんじゃないか、と。

    両親にその話をしたら山菜取りに3人でいったときに僕が行方不明になって大騒ぎしたことがあったということでした。使われていない用水路の埋めた後のくぼみにすぽっと嵌って、上を見上げて泣きもせずにニコニコしてたそうな・・・

    金属片は昔青森の馬門温泉というとこで湯船の周りをはしゃいで走り回ったときに転んだときじゃないか、ということでした。確かに僕の後頭部やや右には小さいころからこぶがというかでっぱりがあるんですよね。

    まあこういう小さい頃の話を聞けたのは割と最近だったりします。
  • こんにちは。

    わたしは死に直面するような経験もしたことないのに
    いつからか「明日死んでもかまわない」と思っていました。
    漠然と。自殺願望があるわけでもなく、毎日悔いなく生きているという意味で。

    だからこそ、リアルでは日記も書かないし
    ビジネスノートなども書くことない、やりたいことリストもありません。
    だからこそ、明日死んでも見られて恥ずかしいものはないというか(笑)

    でも、お腹に子供を宿しているせいもあるかもしれませんが
    ちょっと考えが変わりました。

    子供の成長を見届けるために一日でも長く生きたい。
    そのモチベーションとしてのノートの存在。
    そして、それを遺して子供が見たときのこと。
    いろいろ想像してみました。
    親の遺品としては、なかなかいいものかもしれませんね^^

    No.133472あいもも 更新:2015-03-12 16:03

  • ビジネスノートに、他者が登場した記憶がないVitzです

    ( ´ ▽ ` )ノえへ

    アイディアと構築モデルと書き留めて置きたいweb記事の手書きの集積…人間性はいずこ。

    人を此岸(この世)に繋ぐものは他者との絆と、しばしば見聞きしますね。

    <キャッチボールがしたい

    これ、私の場合は某ラケットスポーツです(笑)まあ夢中になりすぎて手遅れになり結果、死にかけたのですが20年後に再開しました。

    今しあわせです☆

    こんなことノートに書けませんが。
    No.133426Vitz 更新:2015-03-12 12:47

  • 風の旅人様
    コメント失礼します。

    昔、神様は優れた人物を自らのそばに置きたいがために、連れて行ってしまう…と聞いたことがあります。
    風の旅人さんは優れた人だったのでしょうね。

    でも、祈りが通じて良かったと思います。


    そして、私もエゴノートと称して書いてます。
    買いたいもの、感情、〇〇したい…
    などを書いて、ほくそえんでいます。
    風の旅人さんのような高尚なものではないですね。

    あと、おみくじの内容を毎年、手帳の一ページ目に書いて戒めにしてます。


    これからもたくさんの横線が増えるとよいですね。

    参考になる日記をありがとうございました。
    No.133393まこと 更新:2015-03-12 09:49

  • >「神様、一回だけ戻してください。子供とキャッチボールがしたい。」

    死に掛けの時にこれが思い浮かぶとは・・・・素晴らしいパパです。
    私が死に掛けた(実際心臓が止まった。笑)のは帝王切開のとき。子供を取りだして、その後すぐにドラマのように心拍数が乱れてすぐにピィ~~~半身麻酔で意識があるので
    『ゑ?私、死んでる!?』
    呼吸が出来ずに苦しい中考えたのは・・・

    『ラーメン食べたい!ケーキ食べたい!カレーも食べたい!ラスベガス行きたい!!』

    今生まれた子供の事も、主人や家族のことも何も思い浮かばず、妊娠中毒症で入院し食事制限をされてたので、食べたい想いと行きたい場所ばっかりで~爆笑
    超煩悩の後悔。Orz
    でも風さんのようにカッコいい想いを思い浮かべてたら、この世に戻ってこれなかったのかも~笑

    そして生き返った私は・・・日々、やり残したことがないように生きてます。(^0^)
    人には生き急いでいる!と言われるけど、息が1回吸えないと死ぬ。ということを知ってからは、死に際を見つめて生きる!
    生きてるだけで丸儲け!ですわ。

    仕事が忙しいのも男にはとても大事なことですが・・・そろそろゆっくりと生きることを考えるのも大事ですよ。
    無理のきかないお年頃ですから~(^0^)
    No.133351ミコリー 更新:2015-03-12 06:21

  • 私も、やりたいことリストあります。
    (ノートじゃないけどパソコンの中に・・・)

    やりたくても後回しにしていることっていっぱいありますね。
    でも、本当は調整すれば意外とできることなのかも。

    とくに身近な大切な人を幸せにすることは
    最優先にすべきなのかな。
    私は両親への旅行プレゼントは
    金欠であろうとも忙しくても・・・
    無理やりにでも決行させるようにしてます。

    そして、何よりも。お体は大事に・・・。



    No.133332Love Again 更新:2015-03-12 03:15

  • こんにちは。
    脳に金属片?アブタクトかな。
    No.133321m_style 更新:2015-03-12 00:41

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