真っ赤な、とても強烈な、ほんと真っ赤な皮のロングコートを着ていたのだ
実は僕もバブルを若干引きずったような動物系の毛皮のコートを着ていたので多少黒ずくめの人であふれる車内では多少浮いていたのだが、その年配の男性は明らかに別の存在だった。
誰も見て見ぬふりをしている。何か触ってはいけないもの、そんな雰囲気が漂ったまま、電車は新宿に着いた。
新宿では最初に左のドアがそして10秒後ぐらいに右のドアが開く。左右のドアから人がホームに流れ、改札口の手前で合流するのだ。例の赤い男性は左のドアから、僕は右のドアから若干遅れてホームに出た。改札口に向かった僕の目に例の強烈な赤が飛び込んできた。二つの赤が・・・
そうその真っ赤なコートがふたつ前方に見えたのだ。
左のドアから出た赤い男性の他に、前方からの右ドアから出てきた年配の赤い女性がいたのだ。想像してみてください。冬の早朝の新宿駅。多くの黒っぽい服装の人が改札口に向かう中、二人だけが真っ赤なコートを着て改札口に向かっている。
「まるでイタリア映画のワンシーンのようだ」 そう思った。
そして別々の電車のドアから出た赤い二人は、別々のホームを歩き、合流することもなく別々の改札口から出て行った。改札口から出た二人は何事もなかったように自然に近づき、しまいには寄り添うように歩き去って行った。
真っ赤なロングコートを着たその年配のカップルが寄り添いながらモノトーンの人ごみの光景の中に消えていく。
とても、本当にとても美しかった。
その光景は2週間ほど続いた。その年配のカップルは常に車内では別々、出口も左右別々、改札口も別々に出るのだ。だが、最後は二人寄り添うように並んで歩き去る。
いつも僕は後ろからその姿を見ているのだが、誰がどう見ても互いを尊重し、認め、信頼しあった、誰にも壊すことのでいない確固たるカップなのである。離れていても、歩く経路は違えど、最後は寄り添って同じ方向に進んでいく。
一つの恋愛における理想像はここにあるのかもしれない。ことさら言葉を交わすわけでもない。無理をして一緒の場所にいるわけでもない。別々な道を歩いても構わない。
でも同じ方向を向いている。そしてかならず二人寄り添い歩く。確固たる自分を持ち、相手を尊重し信じていればこそ、この理想像がある。
春が近づき朝もだいぶ楽になっていた。コートもときには邪魔になるほどである。そんな一週間前からその赤いカップルを見かけなくなってしまった。赤いコートを脱いだ二人を単に見ていないのか、もう電車には乗っていないのかは分からない。
でももう一度見かけたら、先回りして二人が寄り添ったときの表情を見てみようと思う・・・・いやいやそんな下衆な真似は止めておこう。
▼ コメント(2) - 新しい順
- みさきさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。
朝の満員電車にも居場所をしっかり確保し、それなりに充実した通勤ライフを楽しんでます。
いま住んでいるところは良くドラマの撮影を目にする場所なので、そのカップルももしかしたら何かの撮影の一部なのかなと最初見た時は思いました。でもさすがに2日3日と続くと、あれって感じですよね。
とにかく目立ってました(笑)
まあ朝の混雑したマンモス駅も捨てたもんじゃないな、と毎日楽しんでます。 - はじめまして。
いつも風の旅人さんのコメントから、多くのことを学ばせていただいています。本当にありがとうございます。
こちらの日記をよみながら、その時の情景を想像することができ、恋愛小説の一部分を読んでいるかのような気分になりました。
言葉はなくとも二人の心が引き合うように近づく様は、男女関係の真髄といえるようですよね。
映画のワンシーンのようでしたか・・
実際に私も見てみたかったです。
そのような場面に遭遇した風の旅人さんが羨ましく思います。
ぜひまた素敵なシーンに出会いましたら、記していただけたら嬉しいです。
楽しみにしております。
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