食事やお茶のときに女性を奥の席に座らせる、ということが女性を尊重していることになるか実際は分からないが、多少気を使っていることは確かである。が、僕が女性を奥の席に座らせるのはそれとは別の理由がある。実は、僕は奥の席に座りたくないのだ。なるべく相手の女性だけが見える場所に座りたい、とことである。ちょっとロマンティックなイメージを持つかもしれないが、残念ながらそうでは無い。事の始まりは「知と愛」のタイトルに出てくる例の年下の女性からの一言(またかい!)から始まる。彼女が僕に残した軽めの傷(実際は傷ではないが)の話である。
もうはるか昔のような気がする。それは町田駅から5分ほど離れた2階にある喫茶店でのことである。仕事が終わってから彼女と二人で町田で買い物をし、喫茶店でお茶をしていた(お茶をする、って古い?)ときのことである。僕は奥の席に窓を背にして座っていた。店内が良く見える席だった。彼女はとてもコケティッシュで、顔が小さく、目と耳が大きい、なんというか猫のような顔の娘だった。他にもいろんな特徴があったが、その中の一つが舌が異常に長いことだった。サクランボのへたを結んだり、舌を伸ばして鼻につけたりするのは造作もないことでよく僕を楽しませてくれた。
そのときも彼女は舌を伸ばして鼻につけて僕の仕事の失敗談をニコニコしながら聞いていた。僕は話をしながら彼女に見とれていた。舌を鼻につけたときのくしゃくしゃな顔が大好きだったのだ。だから僕は彼女だけを見てたのだ。誰が何と言おうと彼女だけを心からかわいい、大好きだと思いながら見ていたのだ・・・
見ていたはずなのだ。
彼女はおもむろに舌をおろし、ちらっと後ろを確認した後、僕にあるダメ出しの言葉を発した。
そのダメ出しの言葉はそれが最初で最後である。たった一度のわずか2,3秒の間の一言を何十年たった今でも僕は覚えている。何度も言われたら僕の中でリスクマネジメントが働き、その言葉は2度と耳に入ってこず、そして無理やり記憶から消し去られていただろう。大事なことはタイミングを見計らって一度でいい。その方が効果的である。特に男には・・・
彼女は男の心を操る天才だった、と僕は思う。
彼女から指摘された僕の無意識のある行動がなんであるか解明されたのは、そらから約10年後だった。彼女と別れ、別な女性と結婚し、仕事も順調な時期だった。ある医療関係の論文の発表のためイスラエルに出張したときのことである。論文の発表も無事終え、エルサレムに新しくできた医療研究所を視察したときだった。同時の色々な最先端の研究設備を見て回ったのだが、その一つが眼球の動きを測定するというものだった。180度の広角に画面に映し出された映像に眼球がどう反応するか、という研究のもとに作られた測定装置を興味深く見ていた僕に、「やってみるか」と声がかかった。
中央の一点を見つめるように指示を受けた。指示通り中央の丸い模様をじっと見ていると、画面に色々な光景が映し出された。山の光景、川のせせらぎ、子供の顔、カーレース、何かの集会の場面、・・・・・。
実験の結果はかなり興味深いものだったようである。僕の眼球はあるものに対して異常なほど敏感に反応するらしい。とにかくその動きは一流スポーツ選手並みらしかった。正面からほぼ90度にあるものでは反応するらしい。
空中を舞う蝶、シャボン玉、はばたく鳥、そして風にそよぐ柳の葉
僕の眼球は空中に漂い、そよぐものに恐ろしいほど敏感に反応するのだ。人によっては特定の色に反応する人、形状に反応する人、光の強度に反応する人、急速に動くものに反応する人、さまざまいるらしいが僕のような例はほとんど無いらしい。
良く分からないまま実験をしてくれた研究員の話を聞いていた僕の脇を何かが通りすぎた。その瞬間、彼は大笑いしながらこう言った。
君また凄い速度で眼球が動いたよ
思わず振り向き通り過ぎたその何かを見た瞬間、あの彼女の言葉が頭の中をリフレインした。
彼女が僕を去った理由はそのことが主ではないだろう。当時の僕は確かにダメダメだった。去られてもしょうがないことばかりだった。だがしかしやはりこんな小さなことの積み重ねもなんらかの影響を与えたに違いない。いや、小さなことではなかったかもしれないし、あるいはそのことを通じてもっと大きな本質的なことを言わんとしていたのかもしれない。若さを理由にしてはいけないだろうが、当時の僕はそれが理解できなかった。
彼女の発した言葉があまりに意外だったため、彼女が後ろを振り返った時何を確認したか覚えていない。だが、きっとそこには長い髪をなびかせた女性が歩いていたに違いない。
彼女はとびっきりの笑顔でこう言った。
「また長い髪の女の人チラ見してる」
僕はそれ以来、女性と二人のときは奥に背を向ける席に座るのが怖くなった。
そう、人間は何もわかっちゃいない。相手のことはもちろん、自分のことだって。
彼女のことを、彼氏のことを、「こういう考えの人なので」「こういうタイプなので」と言うひとを見るにつけ、とてつもない拒否反応が起こる。そして心の中でこう叫ぶ。
「君は何もわかっちゃいないよ」
残り少ない人生、もし彼女に会って話が出来たら、笑い話で言い訳しようか。
僕がチラ見していたのは柳の葉だったんだよ、って。
▼ コメント(12) - 新しい順
- すにいさん、コメントありがとうごいます。
僕の日記は事実を記述したものでは無く、僕の心の心象風景を絵を描くように表現したものとお考えいただければと思います。
>>風の旅人さんと、思い出の彼女での関係性の中で
という事でしょうね。
その通りです。
>>「彼女は男の心を操る天才だった」
正確に記述するならば、
「僕の心の中に存在する、僕がデフォルメした『彼女は』、僕という男で象徴される『男』、『の心を操る天才だった』」
ということですかね 笑
- くれはさん、コメントありがとうございます。
>>風の旅人さんの対処法も年の功ですかね。(私より若い方にごめんなさい…>_<…)
いや、たぶん若くないです 笑
まあ意識して直せるものならば直したいのですが、難しいでしょうからね。そういう状況に身を置かない、対処法で防御するしかなと思ってます。
が、実は訓練で治るようですね。これを意識して実践してる職業の人から詳しく聞きました。チラ見は致命的なそうで・・・
僕は訓練して直すより、上記で対処しつつ、チラ見を気にしない人を探す方向にいっちゃいます。 - 「彼女は男の心を操る天才だった」
上げ足をとるつもりではないですが、
風の旅人さんも、決めつけてますよ。
風の旅人さんと、思い出の彼女での関係性の中で
という事でしょうね。
こう、男性の心に残る女性になりたい、と
思ったものです。
なれてるかなあ。
精進します。もう手遅れかも知れないですが。
- sakunoさん、コメントありがとうございます。
sakunoさんの彼と飲んで話してみたいですね。僕がいうのもなんですが、大事にしてあげてください 笑
うちの奥さんにとって僕が親密になると嫌な女性は世界で一人のようなんです。他の女性はかぼちゃのようなものらしいです。ぼくがかぼちゃをチラ見しようが一向にお構いなし、ということです。
で、ピアスですが・・・僕は全く反応しなかったんです。いや感情として素敵だとか、似合うとかはあるんですが、条件反射的に反応することは無かったのです。
人と認識した途端に僕の警戒信号は消えるようで、全く眼球も反応しないという分析でした。ですのでなびく髪も人間の髪という認識では無くて、黒く長い得体のしれない糸状のものがなびいている、そういうものに反応した、ということなのでしょうね。
- ジェトさん、コメントありがとうございます。
鋭い突っ込みですね。実際の会話は次のような感じでした。
「また見てる」
「えっ」
「また女の人見てる」
「・・・・」
「髪の長い女の人好きだよね」
「・・・・」
全然厭味ったらしくなく、ニコニコとだめな子供に語り掛けるようにダメ出しされました(ダメ出し・・・ですよね)。
>> 恋愛回路できてない(執着がない)人なのかな
とてもいい突っ込みです 笑
何故これほど彼女が冷静に僕を見れたのか。その理由こそ、僕にとどめを刺すことになるのでした 笑
>>好意なんですか?それとも、警戒しているんですか?
この手の男の反応は間違いなく、第一に、警戒であり敵に対するものとのことです。そして警戒が無いと分かった瞬間、それは獲物(手に入れるべきもの)になるということです。
この平和な時代、第一の過程はすっ飛びますから、すなわち獲物ということなのでしょう。女性が不快に思うの当然です。もしこれがいつ危険が降り注ぐか分からない場所(髪の長い女性でも魔女かもしれない)ならば、それは女性にとっても頼もしいサバイバルスキルになるのでしょう。
- 男性の何気ない行動を女性は誤解します。
それも悪い方に。
私の主人も『チラ見』良くしますよ。
それもやはり『長いストレートの髪の女性』(笑)
これは条件反射的な物だと言っています。
当初、例に漏れず、私もものすごく嫌〜な気分になった物でした。
まぁ、未だに嫌ですけどね。
男性は生まれながらのハンターなんですね。
だから、綺麗な女性、好みの女性に瞬時に目が行くのは止められないのでしょう。
それを指摘するのは酷なのだと、年の功の私は理解出来ますが、その彼女には出来なかったのでしょうね。
嘘を付くと、右の眉が動くとか、目が泳ぐとかありますね。
『目は口ほどに物を言う』
男性は特に気をつけないと、墓穴を掘る事になりそうですね。
風の旅人さんの対処法も年の功ですかね。(私より若い方にごめんなさい…>_<…)
なににせよ、誤解されたんじゃたまりませんもんね(^^;; - 私の彼も必ず奥の席に座らせてくれる人で、
眼球の動き、反応がすごいあります。
眼球の動きについては人間皆そうかな?と振り返ってみたけど、
やはり彼は特別に動いている気がしました。
最初は「何を見てる?何を考えてるんだろ?」
と思っていましたが、
これが彼の正常の目の動きなのかもしれないですね。
今は気にしていないのですが、
風の旅人さんの日記を拝見して思い出しました。
誤解される方もいるんですね。
そしていまの奥様はそれを理解?しているんですね。
男性は「揺れるものに反応する」はよく言いますよね。
なのでピアスはシーリング?タイプが男性の目を惹きつける、
とか聞いたことがあります。笑
- 私も村上春樹の文章を読んでるみたいな気になりました。よく出来た短編小説みたいで、面白かったです。
- メチャクチャ面白いこの話(゚д゚)!
この彼女の視点。
普通は「女性を見てる」って大雑把にくくるのに、「長い髪の」っていうところに気づいてる。
恋愛回路できてない(執着がない)人なのかな。恋愛回路できてる人って、相手のことほとんど見えなくなるから。
あと、この揺れるものに反応するって、好意なんですか?それとも、警戒しているんですか?
好意でも敵意でも、「気になる」ってことでは一緒ですよね。
この癖自体は特に意味があるわけではないみたいですけど、これをうまく積み重ねたら「好意」に、悪く積み重ねたら「敵意」や「執着」になるのかしら…。
因果律を変えるキッカケになりそう。
「もっと聞きたい!」ボタン連打です゚+.(◕ฺ ω◕ฺ )゚+. - はゆるさん、お褒めの言葉ありがとうございます。
ちなみに眼球の動きに関してですが、当時の説明では70%の人は特定のものに異常に反応することは無いとのことでした。そして男性は動きや形状に、女性は色に敏感に反応するケースが多いとのことでした。
ただその後この手の研究の報告が無いことから、どっかで頓挫したのでしょうね。面白い研究なのになぁ。 - 恋愛にまつわるエピソード、だけど、男性の特性を書き表した風の旅人さんの日記
とっても面白くて、いつも楽しみにしています。
村上春樹さんに雰囲気が似てるなーと思いましたが、春樹さんより文章が分かりやすいですw
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