公開:2017-03-28 20:49

投稿者:wonder.2

 

前に書いた小説を載せるよ・小説「吉野先生」①


まえがき…noteで書いていた連作「白雪姫のおべんとう365日」という小説の一編を載せます。

(^▽^)ではではどうぞ~



「吉野先生」


作家の師匠に弟子入りして小説家を目指すことになった。質問したいことをメールで送って、気が向いたらお返事を下さるそうである。

『吉野桜牡先生の御本をいつも拝読しています。お弟子にとってくださってありがとうございます!一生懸命頑張ります。よろしくお願いいたします。さっそくですが質問致します。私にはダイエットと手マン(アダルトビデオなどでは男性が女性の女性器に指を入れ、出し入れしたりしています)の存在意義がわかりません。なぜこの世の中にはダイエットと手マンが生まれ、そしていっこうに絶えないのでしょうか?』

三時間後に返信が来た。

『人間という存在はダイエットと手マンをしないでは生きられない存在なんだと僕は思います。もしもあなたがダイエットも手マンも必要とせずに今日まで生きていられたならば、そしてそのためにダイエットと手マンの両方に疑問を抱き、今回僕にこの問いを送られたといういきさつなのならば、それはあなたのこれまでの人生がある意味で非常に恵まれた稀有な人生であったということの証なのではないでしょうか。僕の生活に関して言えば、僕はダイエットも筋トレもしますし手マンはほぼ必ずします。しかし他方、僕はあなたの感受性が非常に貴重なものにも思えるのです。ダイエットにも手マンにも意味は感じられず、あなたは自己の生活に違和感を覚えてつらいのかもしれない。指側としては悲しいけれども、そうかもなあと思います。僕の作品を読んでくださったのなら驚きはしないでしょうが僕は男性とも女性ともセックスの経験があるので、アナルセックスのときに手マンではないですが手アナルをされた経験は何度もあります。確かに手アナルが茫漠として意味を感じられない時はありました。せっかくアナルに好きな相手の手を入れられるというのに、そこに意味を見出せないとなると寂しいかもしれない。年上の者としては、若い方には手アナルはあなたが思うほど悪くはないよ、と言いたい気持ちがあります。幸いにしてあなたには素敵な男性のパートナーが今現在いるようですので、ダイエットと手マン、特に手マンのほうは、肯定はできないにしても肯定しないなりに意義を見出さざるをえないというところまで到達できれば、また見方が変わって、それはそれなりにいいんだけどねえと思います。もしその地点を彼と2人で訪ねるということに興味がわいたら、その地平を見るためには、マンの持ち主であるあなたの自己のマンの存在について、あなたは一度しっかりと考えてみる必要があるのではないでしょうか。』

そして、僕は編集者の方に頼まれはしたけれど弟子をとったつもりはなくはっきり言って迷惑に思っていた、けれどあなたの送った問いは誰かが答えないといけない問いだったので僕は回答した、あなたはなかなか聡明そうでしっかりした人のようだから心配しているというほどではないけれどもやはり年長の男としては若い女性が会ったこともない相手に電子メールでかように性的な質問をぶつけるのはどうなんだろうと思ってしまう。というお叱りの文言があり、

『それでも僕は世の中に必要な問答があると思います。だから僕はあなたの問いをよい問いだったとあなたに言います。』

ありがとうございました。と締めてあった。

『吉野先生ありがとうございます。私は私のマンについてよく考えたことがなかったかもしれません。先生に言われて初めて自分がマンを持っている存在だと気がついた、ぐらいの感じでした。一般論ではなく、私は私のマンについて考えなくてはいけないのかもしれません。気づきをいただき、ありがとうございました。

そして、手マンの手は自分の好きな人の手であり、マンは他ならぬ私のマンなのだという事に思いが至りました。

うちの父もうちの母のマンを手でなんやかや→俺誕生の流れに落涙を禁じ得ません。男性器には意味がある気がするけど手に意味があるとすればそれは愛する人の手だからですよね。浅はかでありました。

そう考えると手というのは第二第三の男性器女性器、射精も受精もしない悲しき生殖器官なのかもしれません。
手をつないだだけで終わった美しい思い出のような部位、手。
うえ~ん(;;)ちゃんと生きよう…。
真摯に答えていただき、感激いたしました。ありがとうございました。冬ももう終わり、桜の季節がやってこようとしていますが、まだまだ寒さ厳しく、お身体をお大事にお過ごしくださいませ。』




『吉野先生、また質問をさせてください。
 私は先生の『灯の境界』が大好きです。今日は『灯の境界』についていくつかの点をお尋ねいたします。
 主人公の律子さんは学生時代に何者かにレイプされ、「一日に千回も自分自身をあの日のようにレイプしなおした、正確に、間違えないように、あの肉体になり替わろうとするかのように」、執拗なフラッシュバックに苛まれ続ける日々を何年も何年も、結婚して子どもを授かってからも送ります。
 ひとつめの質問です。なぜ律子さんは死にたい死にたいと泣き叫びながらも生き残ったのに、にやにや笑いながら律子さんを犯したレイプ犯の船山は物語の最後に自殺したのですか?逮捕もされなかったのに。
 ふたつめの質問です。なぜ律子さんは結婚を決めたのですか?律子さんの人生はレイプのあとはフラッシュバックが本業で仕事もプライベートもその合間にしかできないと書いてあるのに。
 みっつめの質問です。なぜ律子さんはラストに夜明けの海岸で夫のだるま君と微笑み合うのですか?船山が自殺したからでしょうか。でもその同じその場面の、だるま君が振り向いて律子さんに掌を向ける直前、律子さんはだるま君の背中のフォルムにやはり船山の肉体を知らないうちに重ねています。

 私は先生の著作の中で『灯の境界』がいちばん好きで、いつも読みながら泣いてしまいます。でも何がこんなに好きなのか、よくわかりません。
 わかりたくないのかもしれません。

 たくさんの質問をしてしまいました。もしもお暇な時、ひとつでも教えていただけたら幸せに思いますが、お忙しいと思いますのでご無理でしたらそのままにしていただけたらと思います。
 吉野先生にお手紙できると思うだけで幸せです。どうかお身体をお大切にお過ごしくださいませ。』

30分くらいで返事が来て驚いた。

『こんにちは。お元気ですか。お察しくださる通り今は忙しく、お返事は手短になってしまいますが許して下さい。ただ僕にも短い返事ですむ方が有難いです、僕にとっても特別な作品なので、話すと長くなるのです。『灯の境界』を好きだと言ってくださってありがとうございます。

①答えになっていないかもしれないけれど、僕は律子にどうしても生き残ってもらいたかったのです。理由はありません。船山にはもともと名前も姿もなく、その後を描くつもりも僕にはなかったのですが、連載の最中に殺せ殺せと言う読者からの意見が非常に多く、編集さんにどうしても殺してくれと言われたので再登場させて自殺させました。期待外れの答えだと思いますが、悪しからず。

②律子がだるま君と結婚しなければだるま君の人生は破綻していたからです。

③船山は世界そのものを振り下ろして律子を殴打しました。しかし世界は船山の思うようなものではありません。律子もだるま君も自らの人生との格闘を通じて既にそのことを知っているし、娘のあかりにもそう教えると思います。だから彼女たち夫婦は世界に向かって微笑むというラストシーンにしました。

船山の事ですが、僕の中では律子のフラッシュバックよりも強烈な「レイプした記憶」のフラッシュバックに耽溺した結果、律子はフラッシュバックがゆっくりと薄れていったのとは対照的に船山はそこから逃れられず、船山は船山なりに苦しんだ、という裏設定があります。どんなに思い通りのように見えても、レイプに手を染める時点で男としては不幸であると僕は思うのです。

僕は偏見に満ちた男で、『灯の境界』にもそこは出て、読者に怒られました。読者が根気よく意見を述べ続けて並走してくれたから完結できた作品でもあります。そうでなければと思うと、今でも手が震えます。

でも、僕がどうあろうと、世界がどうあろうと、律子は生き抜くに決まっている、とも、強く思います。どこかで僕は、作者の僕のことなど律子は知ったこっちゃないだろうと思っている。生きているんだから、当然だろうと思う。

『灯の境界』を好きと言って下さり、ありがとうございます。そしてたくさんの問いをありがとう。よい気分転換になりました。お元気で。』

どう返事を書こうか考えていると、シロが珍しく本格中国茶をやって、私の好きな猫の絵の菓子皿にたくさんの種類のドライフルーツを出してもてなしてくれた。

「なんなの」
「別に」

『吉野先生、お忙しい中さっそくのお返事を、すべての質問にいただき、ありがとうございます。いただいたお返事の言葉を、よく考えてみます。

(「吉野先生」②へ続く)

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