恋愛における認知バイアスの罠 その五 私、彼じゃないとダメなの
今回もまず質問を何点か出すことから始めてみよう。
問1-1. あなたはどちらを選ぶだろうか。
A. 確実に9,000円をもらえる
B. 90%の確率で10,000円もらえ、10%の確率で何ももらえない
問1-2. この場合どちらを選ぶだろうか。
C. 確実に9,000円を失う
D. 90%の確率で10,000円失い、10%の確率で何も失わない
問2. あなたはある歌手の大ファンである(現実にあなたが好きな歌手を思い浮かべてほしい)。彼のコンサートの正規チケットを申し込んだが抽選に外れた。どうしてもコンサートに行きたいあなたはオークションでチケットを手に入れようと考えた。正規チケット代金は5,000円であるが、8,000円までなら払おうと思っている。ところが運よくあなたは正規代金5,000円でチケットを手に入れることができた。コンサートの日を楽しみにしていたあなただが、日程が近づくにつれチケットの値段が上がっていることが分かった。さて、あなたがもしチケットを売るとしたらいくらで売るだろうか。
問3. あなたは今ある確率で10万円をもらえる可能性がある。いま1,000円を払うともらえる可能性が高まるという。あなたは下のどのケースでラッキーと感じるであろう。
E. あなたは何ももらえないはずだったが、5%の確率で10万円もらえるようになった。
F. あなたは10%の確率で10万円もらえる予定が、その確率が15%に増えた。
G. あなたは60%の確率で10万円もらえる予定が、その確率が65%に増えた。
H. あなたは95%の確率で10万円もらえる予定たったが、確実に(100%)もらえることになった。
恋愛は利害関係?
これまで何回か認知バイアスについて話をしてきた。実はこの認知バイアスは心理学の分野の範疇の学問であるが、その多くは経済学に応用されている。つい20年ほど前まで経済における担い手である人間は合理的な行動をとるものと仮定されていた。ここでいう合理的というのは正しい、という意味ではなく首尾一貫している、という意味である。ところが人間は必ずしも首尾一貫した行動をとるとは限らない。前回までのバイアスの話で分かるように直感が行動を大部分制御するような場面で人間は間違いを良く起こすが、比較的分かりやすいどちらかというと直感が働きにくいと思われる経済活動においてすら人間は間違いを起こす。
驚くべきことは首尾一貫した行動すらとらないというである。
今回ご紹介するバイアスはこの首尾一貫しない行動について話をするつもりである。具体的にはリスクに対する反応である。これは経済活動においては利益と損失という概念が重要になるが、それに対する人間の行動が首尾一貫しない、ことを意味する。
このバイアスのもととなる理論はプロスペクト理論とよばれている。このプロスペクト理論は恋愛にも応用できる。なぜならばこの理論によってある状況における人間の選択の傾向の説明がつくからである。人生は選択の積み重ねということもできる。告白すべきかいなか、誘いをうけるかどうか、連絡すべきか否か、別れを受け入れるかどうか、恋愛においても選択を迫られる場面が次々と現れる。
恋愛とは利害関係が常につきまとう。利害関係がベースとなる経済活動における人間の選択の傾向は恋愛にも十分応用可能となる。このサイトでよく語られる、フリー作戦、ピークエンドの法則も経済分野からの応用であることはご存知のとおりである。
プロスペクト理論
さて問1-1, 問1-2について考えてみよう。多くの人は問1-1ではAを、問1-2ではDを選んだのではないだろうか。多くの似たような実験でもA,Dを選択することが圧倒的に多い。
疑問に思わないだろうか。
何故、人は得るものに関しては確実な利益を選び、失うものに関してはギャンブル的な選好をするのだろう。
実は様々な実験により人は「利益による幸福よりも、損失による苦痛の方が強い」ことが分かっている。したがって何ももらえないことを避けるためにAを、損失が少しでも無いことに賭けるためにDを選ぶのである。
この傾向は恋愛にも十分に応用できる。
例えば、あなたがある男性と友人以上恋人未満の関係から恋人の関係になりたい、と考えているとしよう。まっさきにあなたが考えることは自分をアピールすること、自分を好きなってもらう、そういう努力をすることを考えるであろう。それは決して間違いでは無い。たとえば男性のサバイバルスキル、ケアスキルを褒め、彼に居心地の良い状態を作る、これは重要なことである。自分と一緒にいることによって何らかのメリットを感じさせることは、経済活動において利益が得られる、ということを認識させることに相当することだからである。だがこれでは不十分である。
思い出してほしい。人は「利益による幸福よりも、損失による苦痛の方が強い」のである。
あなたと付き合うことのメリットがいくらあったとしても、付き合うことによる損失がある程度あるうちは、よほどあなたが美しく価値が高いわけでは無い限り、彼はあなたと付き合う気持ちはおきないのである。したがってあなたは自分の魅力をアピールすると同時に、付き合うことによって生じる彼の損失を知り、それを取り除く努力をする必要がある。
付き合うことによる男性の損失とはなんであろう。
例えば、自分の時間が失われることかもしれない。たとえば他の女性と自由に連絡をとることができなくなることかもしれない、あるいは仕事に集中できなくなること、結婚へのプレッシャーを感じること、かもしれない。とにかく、これらの損失を取り除くか、あるいはそう感じさせないことが重要となる。
別れの際の一か八かの行動についてもプロスペクト理論によってある程度説明がつく。彼を失うという損失回避のために少しでも可能性があれば一か八かの行動をとってしまう。「もしかしたらうまく行くかも・・・」と普通はやってはいけない行動をついとってしまう。損失回避の時のこの気持ちは理解できないでもない。だが確率が低いときのこの行動は無謀であり、ほとんどの場合うまく行かない。
保有効果
プロスペクト理論の応用として保有効果というものがある。問2であなたらはいくらなら売ると答えたであろう。経済学でいうところの合理的な人間ならば8000円もしくは8000円より少し高い値段をつけるだろう。8,000円まで支払う用意があるということはチケットに8000円の価値があると思っているからであり、買うことと売ることに関して首尾一貫した行動をとるならば8000円以上なら売るはずだからである。ところがほとんどの人間は8000円よりはるかに高い値段にならないと売らない。
通常の商取引のように売り買いが単なる交換目的によるものであればこのような非合理は生まれない。これが生まれるのは売り買いのような対象物が交換目的ではなく、実際に使用目的であったり楽しむものであったりする場合に生まれる。保有効果により価値の上乗せが起こるのである。例えば上記のチケットの例の場合、コンサートに行くことを楽しみにしていたならば、20,000円以上でないと売れない、と考えるかもしれない。その場合、8,000円以下ならば買うが、20,000円以上でなければ売らない、という状況が生まれる。この8,000円から20,000円のギャップが保有効果による上乗せの価値と考えられる。
恋愛における別れの際の相手に感じる執着もおそらくこの保有効果による価値の上乗せが影響しているものとは考えられないだろうか。何年も後になってやっと気づく「なぜあんな男にあれほど執着したのだろうか」という気持ちはそれを端的に表している。本来であれば8,000円の価値しかないと感じているものに対し、なかなか手放せない状況に良く似ている。
可能性の効果・確実性の効果
もうひとつプロスペクト理論の派生効果について説明しよう。問3の答えはどうであろう。ほとんどの人はH(95%->100%)をもっともラッキーと感じ、かなり多くの人がE(0%->5%)をもラッキーと感じる。
不思議なことに数学的には期待値の上昇は同じであるにもかかわらず、なぜかF(10%->15%)やG(60%->65%)にはさほど魅力を感じない。
この無からある可能性が生じる場合の感情のバイアスを可能性の効果、可能性の状態から確実になるケースのそれを確実性の効果と呼ぶ。この効果は損失の場合にも生じ、それは利益を得る場合よりより顕著である。なぜならば人は「利益による幸福よりも、損失による苦痛の方が強い」からであり、損失回避の想いが強いからである。
わずかな可能性ながらも損失が出る可能性が生じたり、まだ回避できる可能性があった損失が確実なものになったときの苦痛は通常の損失の可能性が高まったことによる苦痛よりもはるかにダメージが大きく感じる。実際は同程度に確率が高まっただけ、なのにである。
浮気の可能性を全く疑わなかった彼に疑惑を感じた時の衝撃を思い出す人も多いだろう。そして浮気が100%確実になったときの衝撃も大きいものだろう。浮気が100%になった時は仕方ないにしても、最初に浮気の可能性に衝撃を受けた場合は冷静になるべきである。浮気の可能性が突然生じたことにより取り乱す気持ちも分からなくもない。可能性の効果によりそれが50%にも70%にも思えてしまう。だがしかし実際には数%の可能性だったりするのだ。そしてそのことはほとんどの場合、誤解であるということを意味している。難しいことだが、その可能性について冷静に判断し行動するべきである。彼にそのことを問い詰め浮気の原因ではなく、あなたにうんざりすることにより別れの可能性を高める愚行だけは避けるようにしなければならない。
悪い感情と良い感情
プロスペクト理論により主に経済活動に対する場面における悪い感情と良い感情の研究が進んだ。それによると悪い感情は良い感情よりも5倍威力が強いようである。経済活動という比較的冷静な状況下での活動においてですら、悪い結果によって生じた悪い感情が人に与える影響力の度合いは強い。
それを考えれば人間の感情が大きく絡む恋愛において悪い感情がいかに凄まじい影響を与えるか分かるというものだ。恋愛においては多くの楽しい思い出もたった一つの悪い事件によりすべてが失われてしまうことも稀ではない。不可抗力によるものは別にして自分のコントロールが可能な悪い感情を産むような行動、例えばダメ出し等、は可能な限り避けなければならない。ダメ出しするにしても悪い感情を起こさないような工夫は必須といえよう。
同様に一緒にいるときには良い会話は悪い会話の5倍多くしなければならない、ことも報告されている(心理学者、ジョンゴッドマン)。一緒にいるときは居心地良く、これは認知心理学の見地からも正しく、恋愛において極めて重要な行動になる。
プロスペクト理論における男女の違い
認知バイアスにおいてひとつ研究が進んでいないと思われるとしたらそれは男女の違いによるものであろう。おそらく男女によって特定の認知バイアスの強度が違っていたり、場面によってバイアスのかかり方が違うというケースが存在するのではないかと思っている。
実は投資における損失回避に対する行動において男女に違いがあるという報告がされている。かなりの経験者を除いては株式投資をしている男性の多くは、株の値動きに過敏である。そして実際に売り買いを頻繁に行う。ここでは説明を避けるが短期的な株の値動きに反応するのは投資において必ずしも得策では無い。加えて手数料が発生するため冷静に判断すれば企業のバリューを考えた長期的な株式売買の方が利益が上がる。ところが、それができないのだ。目の前で起こる損失に耐えられず間違った損失回避を行ってしまう。
ところが女性投資家にはその傾向がはるかに少ない。何故だろう。
上の短期の株の動きに右往左往する男性の姿は何かを思い出させないだろうか。思い当たる人もいるだろう。恋愛における女性の右往左往ぶりに良く似ている。たった1日連絡が来ないだけで大騒ぎ。何かあったのかと何度も連絡する。そして返事が無いと不安に駆られ、夜も眠れなくなる。1日中仕事も上の空で彼のことばかり考える。
男性の株式投資のおける時間軸の短さと、女性の恋愛における時間軸の短さは非常によく似ている。
おそらく株式投資は男における仕事を象徴しているかもしれない。人生においてプライオリティが高いものにたいする損失回避は死活問題である。男女によるこのプライオリティの違いが時間軸の短さに現れている、と考えることもできるのではないだろうか。
経済活動における認知バイアスにはまだ他にも数々ある。アンカー効果やサンク・コスト効果などはその例である。
次回は上記の認知バイアスに触れた後、経験的主体と記憶的主体について書いてみたいと思う。上に少し書いた認知バイアスの男女の違いについてこの2つの主体がキーとなる。また何故ピークエンドのようなことが起こるのかについても説明してみようと思う。
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