恋愛における認知バイアスの罠 その六 不安ばかりの恋愛






今回も例にもれずいくつか質問することから始めよう。


問1. あなたはどちらの人生を幸せと思うだろうか。

1-1) あなたは結婚し10年間日々幸せな日々を送っていた。ところが彼は事故で亡くなってしまった。遺品を整理して分かったのだが、実は彼にはこの10年間愛人がいたことが分かった。
1-2) あなたは結婚したが夫は浮気はするはギャンブルはするは辛い日々ばかりであった。10年後夫は余命2ヶ月の病と判明した。夫はその2ヶ月別人のようにあなたと幸せな日々を送った。遺品を整理したところ日記が見つかり、この10年間の行動とは違い本当にあなたを愛した気持ちがつづられていた。


問2. あなたはある男性に片思いをしている。ある夜不思議な声とともに次の選択肢を与えられた(メフィストフェレスのような交換条件は無い)。あなたならどちらを選ぶだろうか。

2-1) 彼と両想いになり2年間幸せな日々を過ごせるが、2年後その記憶が一切無くなる。
2-2) 彼とは片思いのままだが、2年後記憶に彼との両想いの幸せな日々が埋め込まれる。


問3. あなたに恋人がいるなら、次の質問に順番に答えてみよう。

3-1) 恋人のことにどれだけ満足していますか。
3-2) あなたはどんな時に恋人に満足していますか。
3-3) 恋人のことを考えているとき、どれだけ満足していますか。


問4. 異性のファンを一人思い浮かべてほしい。彼(彼女)とキスをすることができる権利を得たとして、実際にキスをするのはいつがいいだろう。

4-1) いますぐ
4-2) 3日後
4-3) 半年後
4-4) 10年後

経験する自己、記憶する自己


喜びや苦しみ、快感、苦痛、そして幸せ、そのような感情を人はいつどのように持つのだろうか?一見当たり前の答えを持つ疑問のように思えるこの質問は実は重要な意味を持つ。

上記のような感情は、それを感じている「今このとき文字通り感じる」のであり、そしてその強さが強ければ強く、弱ければ弱く、感じる。当たり前の答えである。それはそうだ。痛みが強ければ苦痛も大きく、快感が強ければ喜びも強く、幸せを感じる。
時間についてはどうだろう。痛みが長ければそれだけ苦痛も大きく感じ、快感が長く続けばそれだけ喜びも大きい。

そして同質の痛みや苦しみならば、苦痛が大きい方を避け、また長い時間の苦痛を避ける。同様に、喜びが大きい方を選び、それによる幸せな感情が長く続くほどそれを望ましいと感じる。極めて当たり前の感覚であろう。

ところが人はそれほど単純では無い。そしてその選択において不合理な選択をすることが知られている。

人間には「経験する自己」と「記憶する自己」のふたつが存在し、それらが感じる喜びや苦しみは必ずしも一致しない、というのだ。
このふたつの自己のは次ような実験から判明した。

1. 冷たい水に10分手を浸す。10分経ったら手を出し、乾いたタオルでふく。
2. 冷たい水に10分手を浸す。10分絶ったところでお湯をつぎ足し、若干冷たさを緩和したのち30秒後、手を出し乾いたタオルでふく。

冷たい水に手を浸すという不快な経験では、2の方が余計な時間が経っているにもかかわらず、もう一度同じ実験をする際の選択ではほとんどの被験者が2を選ぶという。

その時々の苦痛という経験からすれば1の方が選択されてしかるべきである。ところが2を選ぶのは何故だろう。もうお分かりかもしれないが2の方が印象としていい記憶を刻むからである。最後の若干暖かくなったということだけで・・・たとえそれが苦痛な状況には変わりないとしてでもある。

人間はある一連の出来事の良しあしを、時間に沿った個々の経験の蓄積によって決めるのではなく、記憶に残ったある2つの要素によって決めるのである。その2つの要素とは何か。このサイトで良く勉強した人ならもうお分かりであろう。

ピーク時の苦痛・快楽の大きさ、そしてエンドでの経験・印象、である。「ピーク・エンドの法則」である。

前述の問1を考えてみよう。
幸せの日々を長年感じたということでは圧倒的に1-1の方が上である。こちらの方が幸せだったに違い無い、はずである。だが、実際は微妙に感じる女性は多いだろう。いやむしろ1-2の女性の方が幸せだったと感じる女性の方が多いかもしれない。

経験する自己」と「記憶する自己」の苦痛、喜び、幸せ、そして満足に関する感じ方は一致しない。それどころか相反する場合が少なくない。それがときに誤った判断、行動を誘発する。

恋愛における別れの際、ふった側は「記憶する自己」として恋愛を見る。そこで重要なのはピークでありエンドである。ところが振られた側は「経験する自己」としてまだ恋愛の最中にいる。「経験する自己」は苦痛にもがき、苦痛を和らげようと破壊行動を起こし、読まれることの無い長々とした感謝と反省の手紙をつづる。

別れの際のエンドは何もしないことが一番である。相手からのアプローチが無い限り振られた側からの行動はエンドとしては全てマイナスである。たとえ相手のためと思われる行動であっても、「経験する自己」が自分の苦痛を和らげるための身勝手な行為にすぎないことを知るべきである。

幸福と満足

認知心理学の分野では「経験する自己」が感じるプラスの感情を「幸福」と呼び、「記憶する自己」が感じるプラスの感情を「満足」と呼んで区別している。

男の世界でいうならば仕事で成果を収め金持ちになり自分の人生に「満足」を覚えている人間が、必ずしも日々の生活の中で「幸福」では無いというケースは少なからず見られる。また逆に必ずしも成功していない、あるいは自分では成功していると感じていない人間が、とても幸せに生きているケースもある。

よほどの幸運でも無い限り「経験する自己」が常に幸福を感じ、「記憶する自己」が目いっぱい満足することは難しいであろう。凡人はバランスよくほどほどに幸福を感じ、満足することが大切かもしれない。

問2を考えてみよう。2-1、2-2のいずれかを迷いもなく選べた人は、なかなかいないのではないかと思う。だがあえて言うならば2-1には心情的に受け入れがたい人が多いようである。もはや変えることのできない過去の出来事であっても、その存在は思ったより大きい。それだけ「記憶する自己」の存在は意思決定や行動に与える影響も大きいということである。

もう一つマイナスの感情にたいするふたつの自己について考えてみる。
恋人の会う約束をドタキャンされたとしよう。このとき持つ悲しい感情は間違いなく「経験する自己」が感じるものである。謝罪されてもこの悲しい気持ちは変わらない。なぜならば悲しく感じているのは「今約束をドタキャンされた」事実であり、謝罪によってもその事実は変わりようがないからである。
ところがしばらく時間が経つと状況は変わってくる。ここで顔を出すのは「記憶する自己」である。ここで感じるのは「ドタキャンされた」事実による悲しみではなく、「ドタキャンされた事実に悲しむ自分」の記憶であり、もし謝罪がなければ謝罪がなかったことに対する許せない気持ちであったり、謝罪の仕方に対する不満だったりする。

「記憶する自己」が強いと人は2度苦しむことになる。「思い出すほど腹立たしい」とは誰もが一度は経験したことがあるだろう。このとき人は「記憶する自己」が感じる感情を経験することになる。「記憶する自己」が現れるたびに「経験する自己」がマイナスの感情を持つという悪循環を起こすことになる。

問3はその問題をついている。重要なのは3-3である。3-1,3-2は恋人との経験そのものについての記憶による感情を問うているのに対し、3-3は経験を思い出している自分の感情についての問いである。「記憶の自己」による感情に左右される「経験する自己」の存在が問題となる。

恋愛における多くのネガティブな感情の悪循環はここにある。実際の恋人の行動に対する不満やネガティブな感情は仕方ない。だがそのネガティブな感情を持っている自分に対しさらにネガティブな感情を持ってしまう。やがてそれは自己嫌悪になり、さらには恋人に対するネガティブな感情も増幅されていくことになる。
ネガティブな感情は不安だったり疑惑だったりする。これらの無限に続くループに陥ると常に恋人のことを考え悩みの中に陥ることになる。
恋愛回路」はこうして増強してしまう。

難しいことではあるが、恋人のことを考えてそこに不満を感じている自分を少しでも「経験」したならばそれ以上考えるのを止めることである。「記憶する自己」はピークを際立たせる。ネガティブなケースでは実際に起きたことより悪い記憶を呼び起こす。これをたびたび「経験」させてはいけない。

二つの自己の間での時間の概念

ソフトウェアの世界には「タイムドリブン」と「イベントドリブン」という概念がある。タイムトリブンとは一定時間の経過とともに何かの処理を行う。それに対し「イベントドリブン」とはユーザからの操作が起こったり、データが入ってきたりなど何か事が起こった時に処理を行う。概念的には「イベントドリブン」には時間の概念は無い。あるのは順序良くならんだイベント列だけである。

経験する自己」は「タイムドリブン」型の処理を行う。刻々と進む時間のなかで経験し、感じる。それに対し「記憶する自己」は「イベントドリブン」型である。あるのは起こったことの羅列であり、そこには時間の概念は無い。

恋愛において女性は常に「経験する自己」が存在する。刻々と進む時間とともに恋愛を経験している。彼がそこにいない場合でも「経験する自己」は彼を考え、彼とつながろうとする。時間が進むたびに恋愛において何事かを処理しようとする。

かたや男性には会っているとき以外、もしかしたらセックスしているとき以外、「経験する自己」は存在しない。男性が恋愛を経験しているのは、女性を手に入れるために狩りの状態にいる例外を除けば、基本会っているときだけである。極端に言えば、男性には恋愛において時計もカレンダーも存在しない。そこには「メール受信、メール返信、メール受信、デート、お礼メール受信・・・・」といったイベントの羅列である。

時間軸の長さの違いも、記念日・誕生日に対する意識の無さも、原因の一端はここにある、と思われる。


夢想する自己

「経験する自己」が現在と結びつき、「記憶する自己」は過去と結びついている。現在、過去とくれば、未来に関係する「自己」が存在してもよかろう。それを「夢想する自己」と名付けよう。

問4は「夢想する自己」に関する質問である。これは次回説明することにする。何故4つの選択肢の一つを選んだか、考えてみてほしい。

「記憶する自己」がもたらす感情が「経験する自己」に影響を与えることは先に説明したが、同様に「夢想する自己」がもたらす感情もまた「経験する自己」に影響を与える。

次回は「夢想する自己」と「経験する自己」について、そしてポジティブな思考がいかに「経験する自己」に影響を与えるかについて考えてみたい。

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