今から数年前、私は銀座のとあるお店でホステスをしていた。
まだ若かったのと入ったばかりのこともあり、そこまで自分のお客様はいない状態だった。
そこでの私の源氏名は静香と名付けてもらった。
明るいのに静かって面白いじゃないとお店のママがつけてくれたのだ。
そこでナンバーワンの方のお客様のお連れ様として連れてこられた男性がいた。
見た目はかっこよく、自営業でお金持ちで、歳は私より10歳上で、当たり前だが既婚者だった。
私はいつものように初めましてと席に着き、話をしたが寡黙であまり話をしてくれない方で、私が一方的に話をするも「ふーん」みたいなリアクションばかりで、「この人、私と話してても退屈なんだろうな、何話せばいいのかわからなくて難しいな。時間が来たら連絡先も聞かないで席を離れよう」なんて思いながら頑張って会話を続けていた。
そうして、席のチェンジの時間になったのでお礼を言い、無難に席を離れた。
その後私は別のお客様の席に着き、しばらくするとお店の方に呼ばれ、不思議に思っていると先ほどの話の盛り上がらなかったお客様があの子を呼んでほしいと言っているからあの席に戻ってと言われた。
私はすごくびっくりしたのと同時に頭に?がたくさん浮かんだ。
あんなに話が盛り上がらなかったのになんでだろうと。
指示通り席に着き、とりあえず再度呼んでくれたことへのお礼と驚いた事を伝えると「違う子がついてみて、なんか(私のことが)気になったから呼んだ」と言われた。
今になってみればわかるが、この男性はこうやって女を口説いているのだろうなと思う。
ただ当時は若かった上に、興味がなさそう→わざわざ呼び戻す、という方法はただ見た目が好みだからなどではなく、席から離れてみてまた喋ってみたいと思ってもらえたんだとノリや勢いではなく本当に好かれているかのように錯覚してしまう要因となり、その人のことが一気に気になってしまった。
その人はその後も特別口説いてくるわけでもなく、私がいろいろな話をするのを聞きながらたまに突っ込んできたり、笑ったりというような状態で、お店が終わった後に一緒にアフターに行ったり、ナンバーワンの方のお客さんと4人で食事に行ってダブルデートみたいなことをしたりと、自分はあくまで仕事なんだけど、とても楽しくて毎日仕事に行くのが楽しみだった。
クラブの指名制度は複雑で、私の居たお店ではこのお客さんも係と呼ばれる担当はナンバーワンのお姉さんであり、売上は全てナンバーワンに着くが、実質そのお客さんを呼んでいる要因は私だとカウントされていたので、同伴バックやそのお姉さんからチップを貰えていた。
その人は背も高く、見た目がよかったため、ほかの女の子からその席に呼ばれている事を貰えていることを羨ましがられることもあり、私は浮かれ頂点だった。
ただあくまで私との関係は付き合っているなどというわけではなく、奥さんも子供もいて、更に彼女がいてくっついたり別れたりしているときに私と知り合ったという状態だったようだ。
お店が休みの日に一緒にディズニーシーに行った帰りに、次は一緒にラスベガスに行こうと言われ、私は泊りで行くことも覚悟して、そこで彼と正式な関係になれるのかななどと考えてた。
しかしその後いつもはすぐに返ってくるラインの返事が来なくなり、おかしいな?と違和感を感じるようになる。
返事が来ないものの既読はつくため、「次はいつ会えますか?」などと再度ラインしてみるも既読スルーが続き、ナンバーワンのお姉さんにも相談をしてみると、家族で旅行に行ってるとかかもね?自分のお客様に聞いてみてもらうねと言われ、理由はわからないまま数日が経った。
するとある夜、自分が出勤していない日にお店から電話があり、そのお客様が今お店に来ているけど、どうする?今から来れそう?と聞かれたが、到底無理な状況だった。
そこで再度ラインで「今日はお店にいなくてごめんなさい、次は来るとき教えてください。絶対いるようにします」と送るとまたも返事は来なかった。
そこでも私は不安になったが、今日自分がお店にいたなら会えてたんだから気にしないようにしよう、と思うことにした。
そこから数日後、自分が出勤するとナンバーワンのお姉さんが私のところに来て、今から自分と私の指名のそのお客さんが一緒にくるって~!!久しぶりだね!!と声をかけてくれた。
私は、やっと会えるやっと話ができると嬉しくなり、お化粧直しを更にした。
その後塗ったマスカラはすべて落ちることになるのに。
その声掛けから20分ほどでお店に2人がやってきて、私は嬉しくて呼ばれる前に自分から黒服の人のところに行くと、「ちょっと座ってて」と言われ、私は何が起こっているかわからないまま待機席に戻った。
その後黒服の人から裏の部屋に呼ばれこう言われた。
「静香ちゃん、あのお客さん、今日は心機一転で入りたいって言ってるんだよね。どういうこと?なんかあったの?」
「え…、、、、何でですか?」
「わからない。お店に入る前にフロントのボーイが静香ちゃん今日はいますよ、って言ったらそう言われたらしいんだよ」
「…そうですか。じゃあ今日私席につけないってことですか?」
「うーんやっぱお客様の方がそういっている以上、最初から静香ちゃんは違うと思うんだよね。ただ、違う子着けて時間になったら静香ちゃんを席に着けるから、席座ったら明るくね!」
「…わかりました。」
もはやショックで頭が真っ白で、立っているのもやっとの状態で席に戻ると、新人の女の子とナンバーワンのお姉さんがその席に着く姿が見えた。
すぐに楽しそうな笑い声が聞こえてきて、その声を聞いていると自分はこの世にいない人間と思われているような気分がしてきて、ふらふらしながら更衣室に入った。
そこで一人になると現実が襲ってきて、自然と涙が溢れてきた。
他の女の子が更衣室に入ってきて泣いている私を見つけて心配し、とりあえずここにいるといろんな人に見えるから裏のベランダの方に居よう?と声をかけてくれたため移動するも、私はその後も自分の感情が抑えられず化粧がすべて落ちるほど泣き続けた。
私をベランダに誘導してくれた女の子がお店の人に私の事情を説明してくれていたようで、お店の人がやってきて
「静香ちゃん!席に着きたいなら泣いたらダメだよ。そんな顔で接客できないでしょ?これ以上泣いたら今日は席に着かせない。わかった?もう泣かないの!」
そう言われ必死に顔をふき、涙を我慢していると最初に席に着いた女の子を呼ぶ黒服の人の声が聞こえた。
私は真っ赤になった顔をどうやって化粧で隠そうか必死に鏡を見ていた。
でも、私を全く呼びに来る気配はなく、自分からフロアに顔を出すと黒服の人にこう言われた。
「今日はこの子ずっと着けてほしいって言われちゃった。ごめんね。お客さんに連絡するとき、責めちゃだめだよ。向こうは女の子を選ぶ権利があるんだから」
私はまた涙が止まらなくなり、ベランダに走った。
もう誰にも会いたくない、誰にも自分の気持ちなんて誰にも知られたくない、なんて自分は惨めなんだろうと思いしゃがみこんで泣き続けた。
恐らく15分くらい経った後、黒服の人が私をところに来た。
「今お客さん帰ったよ。もうこれから他の席に着ける状態でもないだろうから、今日は帰りな。」
こう言われ、フラフラした頭のままドレスから着替え、お店を後にした。
銀座の街を歩いていても泣きすぎたせいなのかショックが大きすぎたのか、音が何も聞こえず、世界に自分だけになってしまったような感覚に襲われた。
さっきまでは一人で居たかったけど、この状態になり一人で居ることが怖くなった私は親友に電話を掛けた。
その子はすぐに迎えに行くからと来てくれて、その日朝まで一緒にいて話をずっと聞いてくれた。
親友はお客さんに泣いたことがバレてなさそうなら、また話したいと明るい感じで連絡してみたら?と言ってくれ、一緒にいる間にラインを送ったものの、既読はついても返事が来ることはなかった。
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